ソーシャルメディアで「シェア」されるコンテンツのコモディティ化に対抗するには

 

トーチライト神部です。

※冒頭の画像は後半にかかりますので、ひとまずは前半からお読みいただけましたら幸いです。

ここ最近の感覚として、ソーシャルメディア、特にFacebookでシェアされる話題の質的な変化を感じています。おおまかに、時系列でかんたんにまとめると、このような感じです。

共有された話題の質的な変化の体感を時系列で

2010年まで

仕事上のお役立ち情報やネット業界の最新情報など、ビジネスよりの情報が多く、コメントもさまざまな考察をはらんだものが多かったように思います。参加者が多くなく、わりと参加者層も偏っていたからかもしれません。また、Zyngaのゲームからのリクエストが非常に多数を占めていた記憶もあります。

2011年

日本では震災があった影響で、電話以外の連絡手段としてソーシャルメディアが認知されはじめる(ツイッターは「情報収集」、フェイスブックは「安否確認」:震災時の利用動向調査 | インターネット・ウェブサービス – 財経新聞)。実際に身の回りでも、いままでページを作成していなかった企業がFacebookページ作成を意識するようになってきた記憶があります。

2012年

Facebookもアクティブユーザが増えてきたせいか、以前のように「お役立ち」でやや真面目な情報よりも、動画や面白画像ネタがたくさんまわってきて、実質そういったものの方が広く遠くまで拡散されるため、結果として、かつてのように自分の興味のある情報がまわってこなくなりました。日本の状況とは関係ないでしょうが、ちょうどその時期に自分の興味ベースのリストを作れる機能がFacebookに実装されました(インタレストリストが示すフェイスブックの方向性 | Bridge Worth Crossing)。

 

Facebookにもおそいかかる、ウェブサービスのコモディティ化

あらゆるウェブサービスがキャズムを超える際、どうしても避けられないのがウェブサービスのコモディティ化です。こちらのエントリ「口コミ系サイトのコモディティ化から思うにWEBには足りない:People behind Web:ITmedia オルタナティブ・ブログ」にもある通り、データが集まりすぎて「ビッグデータ化」した結果、いちユーザが観測可能なデータは非常に凡庸なものになってしまい、かつてのように本来必要な情報にたどりつけない可能性が出てくるのです。

これはユーザが増えたFacebookのようなSNSにもあてはまることでしょう。まるでウェブメディアがマスメディア化するように、あるいはアメリカのテレビがケーブルテレビで多様化せざるを得なかったように、メインストリームに流れてくる情報がかならずしもユーザを満足させてくれなくなるという自体です。「面白い」と噂になった場所に人が集まり過ぎた結果、タルの留め金が外れるようにコンテンツがどばーっと散逸してしまったようなイメージです。

ビッグデータからのフィードバックがコンテンツにも必要なのでは

さて、いったんコンテンツのコモディティ化から離れて、プラットフォームがユーザから収集したデータをどう使っているかを考えてみましょう。たとえばYahoo!では、ユーザの膨大な行動履歴から広告をマッチングさせる「インタレストマッチ」広告というメニューを持っています。

インタレストマッチ | サービス | Yahoo!リスティング広告

これはすなわち、広告効果を高めるためにビッグデータの解析結果を広告のリコメンドに利用しているということです。単純に使えばその人の興味に一致した広告を出すでしょうし。もっと高度にシナリオを作れば、ターゲットのキャラクター(すなわちペルソナ)の行動から今その人が感じていることは考えていること(ムード)を予見した上での広告掲出も可能かもしれません。それであれば、そのような技術を広告だけに活かしておくのはもったいないのではないでしょうか。

つまり、もしビッグデータからの広告最適化ができるのであれば、それをコンテンツの表示にも反映させるべきなのではないでしょうか。Facebookでは、友人から投稿された/共有されたコンテンツがフィードに表示されるかどうかは、以前とかわりがなければ「エッジランク」から決まります。それは「経過時間」「親密度」「重み」から判断されます(参考:Facebookの「エッジランク」の3要素と、各要素の優先順位

しかしながら、参加者がコモディティ化すればするほど、経過時間が短く、親密度が高い人から共有される「重み」のある投稿は、誰もが「いいね!」してしまうような面白ネタや「つい信じてしまいそうなよくできたデマ」のようなものばかりになってしまうのです。これを改善するには、コンテンツそのものにもしっかりしたフィードバックを、ビッグデータから与えるべきではないでしょうか。

そういった状況が続けば、「Facebook疲れ」ならぬ「Facebook飽き」が発生して、もう少し参加者が尖った、新しいプラットフォームに移行してしまうかもしれません。そしてそこに残るのは、Tumblrでは何年も前に共有されたようなネタの絞りカスだったり、広告まがいのポストばかりになってしまったら、「場」としてのソーシャルメディアは非常につまらないものになってしまうでしょう。つまり、既にFacebookの敵がFacebookそのものになっている可能性があるのです。

5年後に生き残るサービスは?

こういうときに、半匿名でインタレストベースでつながっているTwitterは比較的強い傾向にあるでしょう。まず、「知り合い」という接点で繋がっていないことが多ければ、コモディティ化しても興味のあるコンテンツの流通が薄れてしまうことは少ないはずです。また、リツイートという仕様はFacebookのエッジランクと違い、多数のフォロワーが行なっていてもそれが多数投票で重み付けを強調されるということはありません。あくまで時系列に並ぶツイートで、頻繁に目にすることはあっても、他のツイートよりもかならずしも重要に見えないことも、有利に働いているでしょう。インタレストベースという意味では、Google+も日本ではモダンなTumblrという感じでインタレストベースの活用をされている機会が多いように思えます(なによりUIをTumblrに似せすぎです)。

あるいは、ユーザベースを増やさなかったがゆえに生き残るサービスもあるでしょう。Ameba、mixi、LINEあたりの、グローバルで見るとFacebookには勝てないけれど、ローカルな地域や人脈でつながっているソーシャルグラフであれば、流通コンテンツのコモディティ化を防げるのかもしれません。海外サービスで言えば、Pathもおそらくそのあたりを狙ってはじまったサービスかもしれませんね。

かつて、大きく進化しすぎた恐竜は皆絶滅してしまいました。そのとき生き残ってその後覇権を握った哺乳類のように既存の比較的ちょうどいいサイズのプラットフォームが生き残るのか、それともFacebookのようなビッグサービスが鳥類に進化を遂げて華麗に空を舞うのか、楽しみにしておきたいところです。

参考にしたリンク(本文収録以外のもの)